苦しみを理解してもらうだけで患者は楽になれると思う

突然の事故で高次脳機能障害に

N4_2大学を卒業後、新入社員でテーマパーク内のショップ経営を任された私は、日々勉強の毎日。大変だけれど、やりがいがあり、とても充実した毎日を送っていました。そんな日常が一転したのは、平成14年2月6日のことでした。

その日はとても寒い夜でした。20時半ごろ仕事を終えた私は、バイクで帰宅途中、黄信号で停車しようとした瞬間、後ろを走っていた大型トラックに激突されたようです。「…ようです」というのも、実は、その時の記憶は、私には全くありません。救急車で運ばれた私は、脳挫傷で意識がない状態が続き、徐々に意識は回復したようですが、その時の入院生活は、ほとんど何も覚えていません。

事故で頭に強い衝撃を受けたことで、私はびまん性軸索損傷という状態になり、退院後には高次脳機能障害が残りました。それにより、記憶障害や、集中力・判断力の低下などの認知障害と、攻撃性や感情がコントロールできない人格変化が現れました。これにより、暴言を吐いたり、物を投げつけたりして、家族を不安に陥れたようです。その時の記憶も定かではないのですが、時折母が泣いていたのは、記憶の片隅に今もうっすら残っています。

苦しみを理解してもらうだけで患者は楽になれると思う

N4_4退院後、しばらくは休職し、精神科を受診して安定剤をもらい、薬剤で感情をコントロールしていました。運動機能に障害はなかったので、職場復帰をしたのですが、集中力が続かずイライラしたり、聞いたことをすぐに忘れたりして仕事になりません。怒りの感情をコントロールできずにパソコンを壁に投げつけたこともありました。そんな状態だったので、社会生活に適応することが出来ず、10か月で職場を後にました。

退職後は、病院に通うことが主な仕事で、あとは自宅でボーっとするしかありません。受診時に状態を告げると、すかさず薬を処方される医師の姿勢に対しては憤りを感じたものです。「自分では抑えきれない感情が溢れてくる苦しみを誰かに解って欲しい」という欲求が沸々と心の中に押し込まれ、ますます苦しくなる毎日でした。その後出会った医師は、私の声に耳を傾けて、どうしたらいいかを一緒に考えてくれたのですが、受診してその医師と話すだけで救われた気がしました。

患者が医療者に話を聴いてほしいのは、適切な解決策が欲しいからではなく、ただ心の中の苦しみを吐き出して、楽になりたいというのが理由ではないでしょうか。患者とは、自分の苦しみを伝える場があり、それを誰かが理解してくれるだけで、少しは楽になるものだと思います。

表現者として感動を与え続けたい

N4_3このような毎日を送っていた私にとって、楽しみなのは妹尾和夫さんのラジオを聴くことでした。ある時ラジオで、妹尾さんが団長を務める劇団パロディフライの劇団員募集のお知らせを聴きました。「妹尾さんに会える」というだけの理由で応募して、やる気だけをアピールした結果、劇団員になることを許されました。ただ何となく応募したとはいうものの、今になって振り返ると、自分の居場所が欲しかったからなのかもしれません。

居場所を見つけた私は、仲間と共に演劇のトレーニングを始めました。演技の基礎力を高めるために感情開放トレーニングというものがあるのですが、そうして自分の感情を解き放つうち、どんどん私の精神状態は安定していきました。また過去の記憶を呼び起こすトレーニングなど、演劇の勉強には右脳を鍛えるものが多く、それがリハビリになったのか、徐々に客観的に自分を見られるようになり、感情をコントロールできるようになりました。

そんな私がこれからやっていきたいのは、演じるだけではなく表現者として、多くの人に感動を与えていきたいということです。私は「感動N4_5」とは、「感じて行動すること」だと考えています。私が表現したことで、それを観た人が何かを感じ、行動して、生きがいを見つけてくださるきっかけになれたら幸せだと思います。

私は事故を経験して、“生”というものを深く考える機会をいただきました。何人たりとも、人は生まれてきたことに理由があると思います。その理由に気付けるような感動を与えることが、私が生まれた意味だと考え、表現者として生きていきたいと思っています。

 
森田一休さんが所属する劇団パロディフライ>>>

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