「嵐のような4年間でした」 元)矢木脳神経外科病院(大阪府)

13上道さんは、矢木脳神経外科病院で副看護部長を務められ、今は大学院の修士課程で看護管理の実践を理論的に振り返り、看護管理の質向上への貢献をさめざされています。

看護部長不在という荒れた看護部組織に就任し、組織の立て直しをして、質の向上と知名度アップに貢献されましたが、今回はそんな軌跡を一緒に振り返りたいと思います。

 

矢木脳神経外科病院看護部ホームページ>>>
※当サイトを離れます

組織に受け入れられなければ何も始まらないと思いました。

石田)上道さんには4年間お世話になりました。その後、管理のバトンを渡されましたが、今日は、これまでを一緒に振り返っていただけたら嬉しいです。

14上道)私にとっては嵐のような4年間でした(笑)。やっとこれから…という時期ではありましたが、何とか土壌ができたので、新しい視点で管理をしていただくことが大切だと思ってバトンを渡そうと決めました。今後の私の役割は、矢木脳神経外科病院での経験を言語化することで、多くの看護管理者に貢献することだと考えています。

石田)私どもがお世話になったころの看護部組織の内情はどのような状態だったのでしょうか。

上道)2つの小規模病院が合併して92床の病院が設立された後、看護部長は定着せずに組織は大混乱をきたしていました。縁あって私はお世話になったのですが「これは大変だ!」と思う事ばかり。何から手をつけたらいいのかという状態で、とにかくマイナスからのスタートでした。私は副部長として就任し、共に就任した部長の方針を実現すべく動こうと思っていた矢先、テキックスのお話をいただいた時は、ワラをもすがる思いでした(笑)。

石田)そんな中で、当社が最も貢献できたのはどのようなところだったでしょうか。

上道)先にも伝えましたが、組織は混乱しており、部長と副部長の私に対し、看護師たちは「またよそ者がやってきた」という冷ややかな反応でした。師長会や主任会は有効に機能しておらず、テコ入れが必要でしたが、まずは私たちが組織に受け入れられなければ始まらないと考えました。そんなとき、私たちの味方になりながら、第3者としてうまく師長や主任に介入して私たちの考えを伝えていただけるテキックスの存在は貴重でした。

石田)当時、部長と副部長が組織に入っていこうと頑張っておられる姿には、私たちも感銘を受けていました。何とかうまくいくようにと、よくお話ししましたね。

役割を委譲したことで本来の管理に集中できました。

上道)それと、教育の立て直しが課題でしたが、そこもうまく介入していただけたと思います。通常「教育とはこうだ」と枠に当てはめて考えがちですが、この病院ならではの教育を、教育委員会のメンバーと一緒に時間をかけて話し合っていただけたのが良かったです。私たちだけで考えていたら、あるべき姿に当てはめてしまったと思いますが、役割をお任せしたことで、本当に必要な教育を見つけ出し、看護師たちも腑に落ちたんだと思います。おかげで看護の質は高まっていきました。

15石田)形を創ることが目的でないと分かってはいても、何もかもしなければいけないという緊迫した中では、形に当てはめてしまうのは仕方のないことです。そこをご支援できたのは嬉しいことですし、お2人が役割を委譲してくださったおかげでお互いがうまく回りましたね。

上道)流されそうになるとき、いつもテキックスの存在が私たちを原点に引き戻してくれたと振り返ります。お願いすることは全面的にお任せしたことで、私たちは、業務改善や現場の管理などに集中できました。
また、お任せした看護部のホームページも大きな力を発揮したと思っています。

石田)いつも上道さんが現場に足を運んでおられる姿は印象的でしたが、現場の人たちのホームページへの感想はどのようなものだったのでしょうか?

上道)外部の方によくいただいた意見は、このホームページはイキイキした看護師の姿が伝わるという事でした。いろんな看護師にインタビューをして文章を書いてホームページに掲載してくださいましたが、それを読んだ同僚が本人に声をかける。すると本人は、恥ずかしがりながらもまんざらではない様子で、仕事を頑張るようになっていきました。
でも、実は、はじめはこの病院で勤めていることを知られたくないといって、ホームページで顔を出したくないという者も多くいたのです。けれども年々、ホームページに出ることがステータスになっていきました。

石田)たくさんの雑誌に取り上げられて名前が売れていきましたからね!上道さんもメディカ出版からテキストを出版され、知名度アップに貢献されましたね。

上道)あれはたまたまなんですよ。これもホームページのおかげなのですが、たまたま出版社の方が、看護部のホームページを見てこの病院ならお願いできそうだと思ってくださったようで、ご連絡をいただきました。雑誌掲載も同じですが、看護部のホームページがしっかりしていると信頼感につながるようです。

ホームページに心があるから大きな力になりました。

石田)そうだったのですね。出版以外にも、この4年間に雑誌掲載が10回ほどあり驚きました。それが看護師さんの誇りに繋がっていったのでしょう。また、採用に対するホームページの効力はいかがだったでしょうか。

上道)応募者は全員ホームページをチェックしています。ホームページを見たといって、直接応募してくる人も年々増えていき、ホームページって本当に大きな力を持っている事を実感しました。随時更新しながら、マンネリにならずタイミングよく新しいコーナーの発案をしていただくことが強い力になったと思いますし、それは自分たちでは出来ないことだと思いました。だってホームページを考えるよりも看護を考える事に力を発揮してもらわないと困りますからね。

石田)そりゃそうです。私たちは、管理者には看護管理に、看護師さんには看護に集中していただけるようなご支援を心がけています。また、ホームページが力を発揮した最大の要因は、インフォメーションではなく看護師さんの思いを表現することにこだわっているからだと考えています。

上道)そうだと思います。他の病院もホームページを頑張って更新されているのですが、他院との違いは「心がある」という事だと思っていました。どんな思いで看護をし、どんな思いで管理をしているかが表現されているので、看護の質の向上や採用に大きな力を発揮したのだと思います。

石田)まだまだお話は尽きませんが、最後にこれまでを振り返ってひとことお願いします。

上道)一言でいうと「必死だった」という事でしょうか(笑)。
部長とテキックスと、三位一体になって組織を立て直した4年間。時には腹を立てながら、時には手を取り合って喜んで、泣いたり笑ったりの日々でした。心残りがないかと言われたらウソになりますが、できた土壌には新たな視点を注ぐことが大切だと思いました。
私は組織を離れましたが、これからますます発展するよう応援し続けたいと思っています。

石田)上道さんご自身も、また一歩飛躍されることだと思います。頑張ってくださいね。
本日はありがとうございました。

LINEで送る