2.マーケティングとイノベーション

医療業界は競争のない時代を終え、病院間でのサービス競争が生じる時代になりました。大阪のある病院では、大手居酒屋チェーンが患者サービスの向上を支援して病院の経営参画を果たしています。このように変化する社会の中で重要なことは、安全を根底において倫理観を持ち、使命に従った病院改革を行うことではないでしょうか。では何をどのように改革すべきなのかを考えてみることにしましょう。

真のマーケティングは顧客からスタートする
エッセンシャル版p.17

顧客を創造する機能

先にお話した「顧客を創造する」ということを実現するために必要な機能は2つあります。1つめは短期的な視点で考える「マーケティング」。そしてもうひとつは中長期的な視点をもった「イノベーション」です。マーケティングとは、「顧客がどんな医療や看護を提供してほしいと願っているのか?」を考えることからスタートし、顧客の現状や価値観を理解したうえで、顧客自身もまだ気づいていない潜在的ニーズを見極めます。そしてそのニーズにピッタリのサービスを提供する活動です。次にイノベーションは革新という意味ですが、このイノベーションとはこれまで社会になかった市場を生み出し、新たな物的・人的・社会的資源という価値を提供するという意味での革新です。マーケティング機能を使って新たなサービスをつくり続けたとしても、このイノベーションの機能がなければいつか組織は衰退するといわれます。だからこれら2つの機能を使って顧客を創造することが、マネージャーの仕事の出発点になるのです。

自院の事業を問う

これまで医療業界には馴染みがなかったマーケティングも、最近ではその必要性が取り沙汰されているようです。しかし誤解してはいけないのは、利益を求め、病院を売り込むことに傾注するのがマーケティングではないということです。
ドラッガーは「われわれは何を売りたいか」ではなく「顧客は何を買いたいか」を問う事の必要性を説いています。すなわち「人々は自院に、自分たちの病棟に何を求めているのだろうか?」を問うことからスタートし、「自分たちはどんな医療・看護を提供するべきか?」を検討していきます。しかしその前に必要なことは、医療者側の、病院という組織への認識を改めることだと思います。「病院とは病気を治療するところ」という認識と「病院とは健康な人を増やすところ」という認識では、事業の広がりは変わってきます。「病院は生きることを支えると場所」という認識ならば、また事業展開は変わってきます。
近年疾病予防が取り沙汰されているように、病院の顧客は病気を持った人だけではなく、すべての国民であるならば、治療以外に提供したいサービスがどんどん出てくるはずですね。サービスと聞くと、つい接遇面をイメージするかもしれませんが決してそういう狭義の意味だけではありません。ここでいうサービスとは、人々の健康や生きることを護る無形の価値を提供する行為です。「社会の人々は健康や生きることにどんな支援を求めているのだろう?」ということから出発し、自院の特徴を踏まえると、その中のどのニーズになら応えられるかを考えていただきたいと思います。

マーケティングプロセス

みなさんが中華料理を食べに行くことを検討しているとしましょう。ある中華料理店の店長に「あなたのお店はどんなお店ですか?」と尋ねたときに「うちは中華料理を提供している店ですよ」という返事が返ってきたらどうでしょう?間違ってはいないけれど、物足りないと感じるのではないでしょうか。
世の中の多くの一般人は現在の病院に同じようなジレンマを感じているような気がします。「うちは脳外科の急性期病院(病棟)です」「ここは回復期リハビリ病院(病棟)です」といわれても、ほかの同じ領域の病院(病棟)と何が違うのかわからないので判断基準が持てないのです。医療は一定の基準があるでしょうが、看護は幅があるはずです。「こんな人のニーズを満たす、こんな看護を提供している病院(病棟)です」と言ってくだされば、患者がそこを選ぶ理由が明確になり、売り込まなくても選ばれるようになります。その「こんな人の」「こんなニーズを満たす」「こんな看護」を検討するのがマーケティングのプロセスです。
 

顧客を知る

ドラッガーは、マーケティングが目指すものは、顧客を理解して製品とサービスを顧客に合わせ、おのずから売れるようにすることだといいます。マーケティングにおいては、選ばれる病院を目指して既存のサービスを振り返るという発想ではなく、顧客が選びたいと思う病院を創るという意識を持って「選択と集中」を行うことが重要になります。この選択と集中とは、自社の得意とする事業分野を明確にして、そこに経営資源を集中的に投下する戦略をいいますがこれからの病院は、診療科というような既存の事業分野だけではなく、どんな顧客に焦点を絞ってサービスを創造し、他院と差別化していくかを考えることが必要です。疾病からの回復、健康の保持・増進、疾病を持ちながら生きるということ、残りの時間を有意義に生きること、そんな数あるニーズの中で、どの部分にスポットを当てて、ほかの病院では受けられないような、自院ならではの医療や看護を提供するのかを考え、実行するのが「他院との差別化」という意味です。
また、病院は接遇の改善が必要だという世間の風潮に乗って、通り一遍の接遇研修を行い「患者さま」と呼び方を変える病院が増えています。しかし本当にすべての人々がそれを望んでいるのでしょうか?「当院は(当病棟は)、家庭的な雰囲気で心の距離を縮めて癒しの看護を提供したいので、敬語は使わず患者さまとは言いません」という病院(病棟)を選びたい層があるかもしれません。また、近代的な病院が増えている中、そんな場所では落ち着かないという高齢者も多いかもしれません。だから老朽化している病院であれば、いっそターゲットを高齢者に絞り「古き良き時代に戻れる病院」として、病院全体に昭和の味を出していく戦略も考えられます。列車に女性専用車ができたように、そんなニーズがあるならば、女性専用病棟へのニーズがあるかもしれません。これも他院との差別化です。
全ての人に選んでもらおうと考えると選びにくい病院になり、「どんな誰に、どんなサービスを提供して喜んでもらおうか」を考えると選ばれる病院になっていくのです。

非顧客に焦点を当てる

マネージャーのみなさんは、顧客のニーズを探るために病院(病棟)内に意見箱を設置したり、入院患者さんの声を拾ったりされていることだと思います。そのように自院を選んでくれた顧客の更なるニーズを拾うのも大切ですが、さらに自院を選んでいない非顧客に目を向けるというのも大切な視点です。非顧客を顧客に取り込むことが、ドラッガーがいう「顧客を創造する」ということにつながります。
非顧客は次の3種類に分かれます。①ロイヤリティの低い顧客=これは、今は自院を利用してくださっているけれど、もっといい病院があればいつでも他を選ぶという意識の人たちです。②自院を選ばない顧客=自院にいい印象を持っておらず、利用しないと決めている人たちです。③病院を利用しない顧客=病院も顧客と認識していない、顧客側も病院を利用する必要性を感じていない人たちです。特に③の人たちを顧客に取り込んでいく、すなわちその人たちのニーズを生み出してサービスを創造していくことは、病院がより多くの人たちに価値を提供し、多くの人たちの健康を護る=成果をあげることが可能になります。
一度、③の非顧客層に、早期受診のメリットや疾病予防のサービスの必要性が実感できる仕掛けを行い、自院に足を運ぶ機会を増やして顧客に取り込む戦略を考えられてはいかがでしょうか?看護師さんが企業に出前講座に行って非顧客と接点を作るなど、方法はいくらでも考えられます。しかしここで大切なのは「自院の使命は何か?」を忘れずサービスを考えること。収益をあげることを目的に患者を増やすという発想では、顧客は振り向いてくれません。

病院(病棟)を見直しましょう

ドラッガーは、徹底的に顧客の視点でサービスを見ることを薦めています。みなさんも、顧客の立場で今の病院(病棟)の看護サービスをチーム全体で下記の視点で見直してみる、そして改善すべき点を洗い出したら、マネージャーが意思決定をして、優先順位に従って即行動する。それがマーケティングの入口です。みなさんが置かれている立場によって、検討すべき内容は異なってくると思いますが、病院経営全体を考える前に、まずは病棟でルーチン化されたケア(看護サービス)に対して、下記の視点で検討されてはいかがでしょうか。何度も繰り返しますが、検討前に「自院の使命は何なのか?」ということを病院全体で共通認識しておくことが重要です。

優れたアイデアというものは、常に非現実的であることを知らなければならない
(エッセンシャル版p.271)

一度全てを白紙に戻す

マーケティングという機能を使って既にあるニーズを満足させても、いつかは満足させられない状態になります。そこで必要なのがイノベーションです。イノベーションとはこれまで社会になかった市場を生み出し、新たな物的・人的・社会的資源という価値を提供するということです。ドラッガーは、イノベーションとは発明のことではなく、人的資源や物的資源に対し、より大きな富を生み出す新しい能力をもたらすことだといいます。富を生むためには資源を生産的に使用する必要があり、看護師さんは富を生み出す重要な人的資源であるため、マネージャーのみなさんは看護師さんの生産性を高める仕組みに対してイノベーションを起こすことも重要になってきます。その話は次のコーナーでお話することにして、まずはイノベーションとはどういうことなのかを考えてみましょう。
組織でイノベーションを検討するときに大切なのは、一度全てを白紙に戻して考えるということです。これは、価値観すべてを疑ってみる、今のサービス全てをゼロにして新しいことを考えてみるということです。新しいことを発想しても「でも病院はこうだから」とか「そうはいっても看護はこうだから」という既存の価値観で発想をストップしてはイノベーションできません。「病院はこうでないといけないの?」「これまでの看護観にこだわらない」と考え、「どこにもない病院」「誰も思いつかない看護」を提供して、顧客に感動を与えることを目指しましょう。新たなサービスで人々が気づいていなかった潜在ニーズを目覚めさせることがイノベーションです。結果として、顧客の潜在ニーズにこたえていくことを目指します。

イノベーションの機会

ドラッカーは、コップに水が半分入っているということと、コップが半分空であることとは、量的には同じだけれども意味やとるべき行動が違うと説き、人の認識が「半分空である」と変わるきに、イノベーションの機会が生まれると述べます。みなさんも、日常的に今あるものの隙間を見つける癖をつけることが、新たなものを生み出す力を育てるのではないでしょうか。
そしてドラッカーは、このようなイノベーションの機会は下記のように7つあると説き、機会を見つけ出して、それを有効に活用することを薦めています。

  1. 予期せぬこと(予期せぬ成功、予期せぬ失敗、予期せぬ外部の変化)
  2. 調和しないもの(需要との不調和、通念との不調和、顧客の価値観との不調和、プロセスにおける不調和)
  3. 潜んでいるニーズ(プロセス上のニーズ、労働力上のニーズ、知識上のニーズ)
  4. 産業と市場の構造変化
  5. 人口構造の変化
  6. 認識の変化
  7. 新しい知識の出現

では、これらについて具体的に考えていきましょう。

予期せぬことを大切に

今は一般的に使われている“付箋”ですが、これは強力な接着剤を作るときに失敗した結果の産物というのは有名な話です。みなさんおなじみの、人工ペースメーカーも、不整脈の記録装置に間違った抵抗器を入れてしまった結果の産物だそうです。こんなに大きな成果ではなくても、日常では偶然に上手くときがありますね。それをそのままにしてしまうのではなく拾い上げて、誰もが(教育を受けたら)提供できる新たなサービスに創り上げるということもひとつのイノベーションです。逆に失敗した場合、たまたま失敗したと流してしまうのではなく、その真因を突き止めて新たな手法を生み出すこともイノベーションのひとつです。また、外部の変化として社会の価値観が変化したり新しい発見があったりしたら、それもイノベーションに使えます。
ドラッガーは、特に予期せぬ成功に着目することを薦めています。大きなことをイメージしすぎず、自分たちの足元を見ると小さなイノベーションの機会は沢山転がっているはずです。「偶然うまくいったこと」を出し合い、それを拾って新しいサービスにつなげることをお考えください。しかしその時大切なのは「自分たちの病院(病棟)の使命・事業は何なのか」を中心に据え、顧客の視点で考えることです。

看護は病院の顧客創造の要
サービスの提供者が「顧客はこれを求めている」と思うことが全て正しいとは限りません。これまで病院は画一化されたイメージがあり、広告規制もあったことから、自院のカラーを意識したイメージ戦略を実行されている病院は、数少ないように見受けます。だから提供できる診療科区分や病院機能面で区別するだけで、看護サービスという面から差別化を図ろうという姿勢は、外からはあまり感じられません。
「有名な医師を呼んできたら患者が集まる」という声をよく聞きますが、果たしてそれは正しいでしょうか?「患者を集めるために開業医と連携を密にする」というのは正解ですか?「アメニティを整えると患者は集まる」これは本当でしょうか?もちろん、全て間違ってはいないと思いますが、時代は変化し、人々の価値観やニーズは変化しているのに、医療者側の価値観はそのままになっているということはありませんか?
当社は、看護の質で看護師と患者を集められる病院創りを使命に、病院をご支援しています。「そう簡単に言うけれど無理がある」という意識では病院は変わらずイノベーションは起こせません。「やってみよう!」という看護部長さんとタグを組んで、イノベーションを目指しています。モノがあふれる現代では、商品には機能だけではなく付加価値が欠かせないといわれています。病院に対しても、患者は治療だけを求めているのではなく付加価値を求めています。そこに高品質の看護(その病院らしい看護)という付加価値を提供して患者を感動させ、それをPRして病院の(看護の)イメージを流通させることで、選ばれる病院になっていくはずです。それが病院にとって、顧客の創造のひとつではないでしょうか。

イノベーションの機会は山積み
医療を取り巻く外部環境はめまぐるしく変化しています。少子高齢化、グローバル化が進んで人口構造は変化、それに伴って人々の認識も変化しています。疾病構造も変化し、ストレス社会の影響から精神疾患が急増していると聞きます。そのように考えると、今は医療・看護業界でご活躍のみなさんにとってイノベーションの機会が山積みだといえますね。
無から新たなものを創造するというのはそう簡単なことではありません。世の中の発明も、よく見れば既存のモノとモノとの組み合せが多いもの。みなさんも他業界のサービスに知恵を借りようとされるといいのではないかと思います。
看護サービスとは異なりますが、たとえば最近女性専用列車が増えています。そんなニーズがあるならば女性専用病棟のニーズもあるだろうと考えるなど、ヒントを貰えばいいのです。師長さんが頭を悩ますベッドコントロールも、ほかの病院はどうしているのかと考えるのではなく、誰もやっていない方法を考えようという発想で、ホテルに学ぶのはいかがでしょうか?その一歩がイノベーションにつながるかもしれません。

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