本は勇気や元気を与えてくれる
私がNTT東日本関東病院で助産師として働いていたころ、自分のキャリアはこの先どうなるのだろうと思い悩んでいた時期がありました。そんなときに出会ったのがサミュエル・ピサールの『希望の血』(国弘正雄・川瀬勝訳/講談社)という本です。これは12歳でアウシュビッツ収容所に入れられた少年がそこから生き延びて、そこから世界的に活躍する弁護士になったノンフィクションの自伝です。
当時、私はうつうつとした毎日を過ごしていたのですが、それを読むとムクムクと希望が湧いてきたのです。本が私に「生き抜く力」を教えてくれ、ワクワクした気持ちを与えてくれました。それ以来、今でもときどき読み直して勇気や元気をもらっています。
このように本は看護管理者の成長には不可欠のものと思います。なぜなら本を通じて自分が体験したことのない他者の経験や知恵を得ることができるからです。
前回、Lombardoらが1996年に提唱した人材育成の「70:20:10の法則」を紹介しました。経営者に「リーダーとして成長するために有効だった要素」を調査したところ、
70%「実際の仕事経験」
20%「他者との社会的かかわり」
10%「公的な学習機会」(座学)
という結果だったという話でした(Michael.ML.et al. The Carrer Architect De elopement Planner. 1st.Lominger.1996.)。「経験」「かかわり」「座学」の3点はいずれも看護管理者の成長にかかせないものです。
「座学はたったの10%ならたいして必要はないのでは?」と思う人もいるかもしれませんがそうではありません。私は座学のなかでも「読書」をとくに重視しています。もちろん「経験」は自分だけのものであり、リーダーにとっていちばん大切なことは間違いありません。しかし本には「他者の経験や知恵」がたくさん詰まっていて、それを自由に自分に取り入れることができるのです。
大事なのは「鵜呑みにしない」で自分の舵取りに活かすこと
しかしここで注意してほしいのは、本に書いてあることをそのまま鵜呑みにしないということです。リーダー本やマネジメント本にはいろんな体験談や成功へのノウハウなども書いてあります。でもそれはあくまでも他者が過去に経験したことですから、皆さんがこれから体験することにそっくりそのまま活かせることはないでしょう。
本を読むときは他者の過去の経験を参考にしつつも、それを踏まえて現在の自分にどうやって活かしていくかを考えることです。自分の舵取りは自分の考えのもとに自分が行うしかありません。そんなとき自分の考えを整理したり、発想を得たりすることに役立ててほしいのです。
さらに読書は「自分の考えや関心ごとを裏付けてくれる」こともあります。
私が助産師として働いていたころの経験をお話しします。生まれたばかりの赤ちゃんがミルクを飲んだ後や寝入りばなに「ニコッ」とほほ笑むような表情をすることがあります。当時、私たちはそれを「天使のほほ笑み」と呼んでいたのですが、その後に読んだ本に「人間はお腹にいるときから笑う練習をしている」「人間は一人では生きられず、関係性をもって生きているからだ」といったことが書いてありました(川上清文ほか.『ヒトはなぜほほえむのか:進化と発展にさぐる微笑の起源』新曜社.20122.180p)。
私はそれを読んだときに「天使のほほ笑み」の経験もありましたし「人間はやはり生まれながらにそのような特性があるのだ」「ほほえむのは人間にとっては関係性が重要だからだ」と自分の関心ごとを裏付けてもらったような気がしました。私は人をまとめてマネジメントしていくことや人と人との関係性に関心をもってきたので、それ以降も仕事をするときに周囲の人と良い関係性を築くにはどのようにしたらよいのか、コミュニケーションのとりかたなど意識するようになり、実践に反映するようになりました。
「心に引っかかる本」を手に取ってみましょう
「どのような本を読めばいいですか」と聞かれることがあります。自分の専門分野のものなら必要に駆られて読むことはあるでしょう。それ以外だと、タイトルや内容で「なぜか心にひっかかる本」を手に取ってみることをお勧めします。
本は流し読みでも良いのです。読んだときに気になったことや関心をもったことを頭の隅に置いておけば良いのです。それが後になって「あぁ、あれはこのことだったのか」「そういえば前に読んだ本に書いてあった」と思うことになるかもしれません。
私が「心に引っかかった本」の1冊に時実利彦氏の『人間であること』(岩波書店.1970.224p)があります。この究極的なタイトルに惹かれたのです。そして本の中に「人間はただ生きているだけでなく“よりたくましく”“よりうまく”“より良く”生きてゆこうとしている」と書かれている節に巡り合いました。
人間の原点は「より良く死ぬこと」ではなく「より良く生きる」ことにあります。私は看護の仕事をするなかで、人間は命が終わるまでよりよく生きていこうとする姿を見てきましたが、この本と出合ったことでさらにその思いが強くなり、つねに頭の片隅にその思いがあります。ベッドサイドでの患者とかかわるときにはいつもこの言葉が頭にありました。
本は出会いです。アンテナを立てていれば自分が必要とする本に会えるはずです。
坂本すが:元日本看護協会会長。東京医療保健大学副学長・看護学科長・教授。和歌山県立高等学校保健助産学部卒業。元NTT東日本関東病院看護部長。埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。
※本連載は「看護師長のためのベーシックスキルBook ナーシングビジネス2023年春季増刊」(メディカ出版)、「わたしがもう一度看護師長をするなら」(医学書院)の内容から抜粋して再編集したものです。


